ひと月ほど前、浅草の老舗すきやき店による「適サシ」宣言が話題を呼んだ。サシの入り方が過剰ではない「適度な霜降り肉」(5等級に近い4等級)を「適サシ肉」と呼称し、自店で提供していくことを宣言したもの。

各種メディアに取り上げられ「脱霜降り」など、「赤身vs霜降り」を対立軸で語る極端な論調が目立ったが、適サシ宣言の本質は、黒毛和牛の大きな特徴である霜降りを否定する意図はけしてなかったように思う。

同店は「脂肪の融け方が良い十分な月齢(30カ月)まで肥育した和牛雌の脂はサシの入り方が細かく、胃もたれせず、香りの良いすき焼きが実現できる」とも指摘している。霜降りは脂肪の量ではなく、質が重要であることを訴えたかったのであろう。

そもそも、黒毛和牛の脂質は口溶けの良さ(融点の低さ)に象徴され、脂肪の融点は血統と出荷月齢が大きく影響する。紐解くと、牛の脂肪酸を不飽和化する酵素(ステアロイルCoAデサチュラーゼ=SCD)は、生後13カ月齢以降に活性化する。

牛の体が成長している間は、成長ホルモンによりSCDが抑制され、その後、成長が止まる頃に成長ホルモンの分泌が低下し、SCDが活発化し不飽和脂肪酸が蓄積していく。月齢が長くなるほど脂肪に含まれる不飽和脂肪酸の割合が増加し、脂の融点は低下するという訳だ。

こうしたメカニズムが明らかになる一方で、牛肉の生産現場では素牛や飼料価格の高騰により肥育農家の経営が圧迫される中、効率化が進む。短期間で霜降りが入り、重量をとれる増体系の血統が主流となりつつある。また、全国的な肉牛不足により前倒しで出荷する傾向も否定できない。

飲食店が「どのような肉を、どのように提供するのか」を明確にして提供することは大切なことだ。しかし、黒毛和牛の生産量が減少を続けている中で、変わらない品質を調達し、提供し続けることが容易ではなくなってきた。

牛枝肉相場が上昇の一途を辿る中で、提供すべき理想の肉を長期的にどう確保していくのか。牛肉関係者にとって大きな課題となっている。