2017/07/31

全国農業新聞/鉄板焼について

「見栄を張って高級店ばかりに通っているのか?」。これは昨年11月29日にNHKクローズアップ現代+で共演させていただいた寺門ジモンさんに掛けられた言葉だ。  

確かに私のブログには大衆的な店よりも、単価が1万円を超える鉄板焼レストランを紹介する記事が多い。だが、格好をつけて多額を投じている訳ではない。「鉄板焼」という料理が心底から好きなのだ。

食材の外観、目前に迫る調理の躍動感、加熱による色彩と形状の変化、おいしさを予感させる香り、歯ごたえ、舌触り。焼き手との対話に至るまで、語り尽くせない魅力があり、鉄板焼は五感で楽しむ食のエンターテイメントだと確信している。   

鉄板焼といってもスタイルは様々あるが、最大の特徴は素材の個性、鮮度感がダイレクトに伝わる料理だということ。とかく黒毛和牛では個体ごとの印象の違いが顕著に現れる。

例えば、融点の低い霜降り肉は常温に戻すと汗をかき、冷蔵庫から出したばかりの凛とした佇まいは嘘のよう。だらしなく緩み始めた肉を鉄板に置けば、瞬く間に甘美で濃厚な香りが広がる。

飴色に輝く焼き色、火入れとともに隆起する肉の力強さ、飲み下した後の強烈な余韻。言い換えれば、鉄板焼ほど黒毛和牛の醍醐味を満喫できる調理法はないように思う。  

素材の背景にあるストーリーを感じ食事ができるのも魅力の1つ。調理から提供まで、焼き手1人で完結するので「どこで、どんな人が、どのような想いで作ったのか」を聞きながら、産地を訪れたような気分を味わえる。

さらなる楽しみ方は、焼き手による調理や表現の違い。同一のレストランを利用しても、担当する焼き手によって料理の仕上がりも、素材の捉え方や説明もまったく異なるのが面白い。対話しながら調理する鉄板焼は、お客の性格や好みを探りながらの提供になるが、焼き手の技量はもちろん、所作や間の取り方、こだわる点も人それぞれ。

単に経験が長ければ良いという訳でもなく、役者の芸のように成長過程でその時々の良さがある。火入れのタイミングも微妙に異なるため、提供される料理は必ず焼き手の個性が反映されるのだ。 こだわり抜いた素材と技を五感で味わう濃密な時間。凝縮された90分をぜひ試してみてほしい。

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