牛肉の美味しさは「食感」「旨味」「香り」「まずさ」の4つの要素で捉えるとイメージしやすい。食感は噛み切りやすさ、軟らかさ、噛み潰しやすさにつながる。黒毛和牛の美味しさでよく話題に挙げられるオレイン酸だが、オレイン酸はこの食感に影響するといわれる。
オレイン酸を多く含む肉は脂肪の融点が下がり、しつこくなく食べやすいお肉になると考えられている。ただ、だからと言って「オレイン酸の量が多い牛肉=美味しい牛肉」なのかというと、そうとも言い切れない。なぜなら、オレイン酸は不揮発性であり、無味無臭だからだ。
では、一体、何が大事なのか。私は「香り」こそ、黒毛和牛の美味しさにとって最も重要な要素と考えている。人は食べ物を口にする時、舌の味蕾細胞で感知した味覚が延髄を通過してから大脳に伝達される。一方、鼻から嗅いだ香り=嗅覚は直接大脳へ働きかける。
これをグレープフルーツサワーに例えてみる。 誰かに絞ってもらったグレープフルーツサワーはあまり美味しく感じないが、自分で絞ったサワーはとても香りが良い。それは爪の間に詰まった絞りかすの香りを嗅ぎながら飲み下すことで、香りが直接大脳に働きかけるからだ。
香りは食味に重要な役割を果たしている。肉を加熱した際の甘い独特な香り、飲み下した後の強烈な余韻。まさに黒毛和牛の醍醐味だが、黒毛和牛の甘い香りの正体は、主にマルトール、バニリン、フラネオールの3つであることわかってきた。
良質な黒毛和牛を鉄板で加熱すると肉の表面が飴色に茶色くなり、甘い香りが発生する。これは、メイラード反応により生じたフラネオールに起因する。メイラード反応はアミノ酸と糖を加熱した時に起こる。トーストやせんべいの焼き色、ご飯のおこげ、コーヒーやチョコレートの色もこの反応で生じる。
メイラード反応にはアミノ酸が不可欠だ。つまり、黒毛和牛の甘い香りには実は赤身に含まれるアミノ酸が寄与しているということ。長く飼った牛ほど赤身に含まれるアミノ酸は増幅していくと考えれば、やはり、しっかりと長く飼い込んだ牛は美味しいという目利きの言葉にも頷ける。