黒毛和牛といえば霜降り=サシのイメージが強いが、その脂は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸で構成される。不飽和脂肪酸は軟らかい脂をつくり、その代表的なものがオレイン酸。不飽和脂肪酸を多く含む肉は、脂の融点が下がり、しつこくなく舌触りが良くなる。
不飽和脂肪酸の量は遺伝的要素が大きく関与する。田尻系(但馬系)はその遺伝子が強く発現するため格段に融点が低い。また、肥育期間の長さも不飽和脂肪酸の量に影響を及ぼす。と畜時の月齢が30ヶ月を超えた黒毛和牛では、月齢が1ヶ月長くなると僧帽筋内の脂肪融点が4%程度下がることが分析で明らかにされている(出典:東北畜産学会)。
そのメカニズムが興味深い。牛の脂肪酸を不飽和化する酵素(ステアロイルCoAデサチュラーゼ=SCD)は、13カ月齢以降に活性化するが、実際には、牛の成長ホルモンがSCDの発現量を阻害してしまう。
牛の体が成長している間はSCDが抑制され、成長が止まる頃に成長ホルモンの分泌が低下し、ようやくSCDが活発化し不飽和脂肪酸が増え、脂の融点も下がっていく。
牛枝肉の格付ではBMS(ビーフマーブリングスタンダード)が重視されてきたが、BMSはあくまで霜降りの量、見映えの指標であり、霜降りの質や味は加味されていない。換言すればA5の牛肉が必ずしも美味しいとも言い切れないということ。
むしろ、脂が硬い枝肉の方が脂肪交雑は強く出る傾向がある。融点が低い軟らかい脂は赤身に沈み、BMSが低く格付されることも珍しくない。このような枝肉はセリ後、しっかり冷やし込むと霜降りが現れ、かつては“出世牛”とも呼ばれていた。
以前、兵庫県の但馬家畜市場で “霜降り肉”の語源について話を聞いたことがある。獣医師の川村孝治さんによると、霜降りとは但馬牛を指す形容だったという。
「寒さの厳しい但馬地方で秋が過ぎる頃、空気が冷えて霜が降る朝、朝日が出ると瞬く間に消えてしまう霜のように、冷蔵庫から取り出せば、霜降りが赤身に沈み、すっと消えてしまう」。常温でサシが消える肉を目にする機会は少なくなった。