2021/03/29

日本農業新聞/日米SG再協議に思うこと

米国産牛肉の緊急輸入制限措置(以下SG)が発動されたことに関する再協議が始まった。再協議規定ではSGが発動された場合、「発動水準を一層高いものに調整するため」の協議を10日以内に開始し、90日以内に終了させることが明文化されており、今後、具体的な調整方法、条件の協議が本格化する。

そもそも米国産牛肉のSG発動基準と米国の関税割当てで日本が単独枠から複数国枠に移行したことは、政治的判断の要素が強かった。米国は議会承認を必要としない大統領権限での早期決着を目指し、日本はTPPの範囲内を前提にコメの関税削減除外に加えて「もう一つ」の成果を求めた結果だろう。

TPP12の合意は2016年2月。月齢制限が緩和(2012年2月)されて間もなくのことで、交渉時点の米国産牛肉の輸入量は回復途上にあった。日米貿易協定はこれをベースに単独設定されたために発動の可能性が高まった。半面、TPP11での発動の可能性はほぼ有名無実化した。

日本の輸入数量は全体で5%減少、特に豪州産が干ばつの影響で生産が低下したことでTPP11からは10%減少した。米国産牛肉の輸入量は豪州産の減少を補完する形で、パンデミック禍でも需要の強かった業態(スーパー、コンビニ、牛丼チェーン等)の需要により増加した。

米国産牛肉の輸入は3月上旬までに3%増加したが、EUからの輸入量は69%増加し、全体の輸入量は5%減少した。そして和牛の価格は前年を上回って推移し、加えるなら日本の牛肉輸出は拡大した(2020年11%増)。米国産の増加が日本の牛肉生産や需給に被害を及ぼしたとは言い難い。

米国側の視点でみれば、米国産牛肉の増加が日本の牛肉生産や需給に悪影響を与えたとは映らない。パンデミックによる工場の一時閉鎖で生体牛価格が大暴落した肉牛生産者や国防生産法に基づく大統領令の下で国内および輸出先国への供給を回復させたパッカーは、合意事項とはいえ米国産のみの関税引き上げにストレスを感じるだろう。

米国産豚肉のSG発動基準はTPP11と合わせた数量になっている。牛肉も同様の方が望ましいが、TPP11加盟国の同意が必要で日米だけでは決められない。来年9月が期限となるTPP11の見直しを見据えた上での調整も必要になるだろう。

今回は、コロナ禍での外食需要減と米国港湾での船済み遅れもあって3月上旬での基準超えとなったが、現行の基準数量で通常ペースの輸入ならば、発動時期はより早まる可能性が高い。発動期間の視点では2028~32年度に導入予定の四半期ごとのSGも留意が必要だろう。

マスコミの多くは今回の発動を「生産者保護のため」で消費への影響(国民負担)はないと報じているが、”保護”されたと実感する肉牛生産者はいるだろうか。上昇した関税13%分のコスト増が外食や小売価格に転嫁されないならば輸入卸業者がシワ寄せを受ける。

世界の牛肉調達市場で日本の買い負けが顕在化する中で、日本の特定分野だけに負担を強いるようなSGは、その本来の目的・機能を果たしているだろうか。SG発動が「生産者保護のために消費者に負担を強いるもの」との認識が広がらないためにも、マーケットの実情にあった合理的な仕組みと水準での合意点が見出されることを期待したい。

(関連記事2021.4.9付日本農業新聞「業界深層)

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