2021/09/27

SDGsに潜む「牛悪者論」のすり込みに危惧

 持続可能な開発目標(SDGs)は国連で2015年9月に採択されて以降、様々なシーンで話題となり、メディアでの露出も盛んだ。SDGsでは貧困や飢餓の撲滅、水資源確保、地球温暖化や気候変動への対策など17の目標と169のターゲット(具体目標)が掲げられている。SDGsへの企業姿勢をアピールするようにバッチをつけるビジネス関係者が増加、学校教育でも扱うことが求められており、大手代理店の調査では若年層の認知度が高く、取り組み姿勢や行動も積極的になっているとの結果がでている。

 身近なことから一人ひとりができることから取り組めば、やがて世界のすべての問題解消に繋がると諭されれば異を唱えづらい。とはいえ、メディアの取り上げ方の中にはかなり偏った内容も散見される。先にテレビ朝日で放映された「池上彰のニュースそうだったのか」の世界中が取り組む地球温暖化対策として紹介した「意識の高い人は肉を食べない!?」もその一つ。テロップと池上氏の解説で「牛を育てると温暖化が進む」と断言し、その理由は牛や豚を飼育・加工すると大量のCO2を排出するためで「世界では温暖化を防ぐために肉を食べるのをやめよう」との運動が広がっているとし、植物由来や細胞培養の人工肉を紹介した。

 番組では、肉を食べない”意識の高い人”の属性や「肉を食べない運動」の広がり度合いには言及がなかった。ヴィーガン、ローフード・・・等、属性は複雑で、それぞれの立場や思想は尊重されるべきであり、培養肉や代替肉を含め消費者の選択肢が広がることは大切なことだ。しかしながら、牛肉産業を標的にした「極論」が世界的に広げられ、業界関係者が発言しにくい雰囲気には危機感を抱いている。

 全米肉牛生産者牛肉協会(NCBA)は8月中旬のウォールトリートジャーナルに「BEEFING UP SUSTAINABILITY」(持続可能性を強化)とのキャッチの下で次のような意見広告を提出した。広告では「もし、米国のすべての家畜が排除され、すべてのアメリカ人がヴィーガンダイエットに従ったとしても、温室効果ガスの排出量は米国の2%、世界全体の0.36%しか削減されない!」とのメッセージとともに、米国の肉牛産業が果たしてきた環境保全の役割や持続可能性への取り組み成果をアピールした。

 「牛悪者論」の背景は承知している。牛のげっぷで消化管内発酵のメタンが排出されること、あるいは国際的な環境NGOによるアマゾンの森林破壊が大規模畜産や大豆生産の拡大に起因するとの研究報告や世界の畜産・乳業大手20社の温室効果ガス(GHG)排出量がCO2換算で9億3200万トン(うち4分の1以上はブラジルの大手によるもの)に達し、ドイツ一国の排出量を上回るといったレポートがある。

 ただ、農水省の資料によれば、世界の全人為起源のGHG排出量は約520憶㌧(2007-2016年平均、CO2換算)で、うち農業由来は62億㌧、11・9%。林業とその他の土地利用58憶㌧を含めて23%。日本の2019年度のGHG総排出量(CO2換算)は12億1200万トンで、うち農林水産分野の排出量は4747万トン(3.9%)にすぎない。最も多いのは燃料燃焼の1570万トン、次いで稲作1195万トン。家畜の消化管内発酵(メタン)は765万トンで、家畜の排せつ物管理602万トンと合わせても1358万トンで家畜由来は3割弱だ。

 世界の農業におけるメタンの排出量は、地域によって格差がある。肉牛生産は、飼料を含めてそれぞれの気候風土や環境によって異なった形態で行われ、飼養期間の長短によって1頭当たりのメタン排出量も異なる。牛飼養のために保全される牧草地や土壌の面積によっても吸収量や貯留能力に差があり、多くの国の研究でげっぷによるメタン排出は、飼料構成の変更によって削減できるとの結果が出ており、実証研究が進んでいる。家畜用飼料に使われている作物を人が食べたほうが効率的だとの主張もあるが、NCBAは全世界の家畜用飼料の86%は人が消化できないものでできており、半分近くが草類であり、人が利用できない(食べられない植物に内在する)太陽エネルギーを取り込んで、良質なタンパク質に変換する牛の「アップサイクリング」力の重要性も指摘している。

 SDGsのターゲットになっている食品ロスの削減は、生活者の取り組みも大事だが、生活者個々の取り組みで温暖化防止のためのGHG排出削減は達成できない。日本は、2020年10月に菅政権が2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言、さらに今年4月には2030 年度に、2013 年度比46%削減(2015年のパリ協定時26.0%削減)を目指すことを公表したが、その実現には原発再稼働問題を含めて、エネルギー政策の転換が不可欠だ。さらに、世界の目標達成には、世界のCO2排出量の約3割を占める中国の動向次第。牛肉や大豆の生産急拡大による森林破壊が批判されるブラジルも、その拡大要因は中国への輸出増加がある。中国は2030年にGHG排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指すと表明しているが、気候変動への対応を最重要政策とするバイデン政権に、協力する見返りにトランプ政権時の制裁措置の緩和を求めるなど、政治的駆け引きの材料になっているのが国際社会の現実の一面だろう。

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