美味しさへの探究心が生んだ珠玉の味わい「田村牛」

牛は飼うものではなく、愛情と汗の積み上げで創り上げるもの。
鳥取県 田村畜産。

田村さん

明治時代から家畜商を営む田村畜産は 昭和42年に牧場をスタートし、“誰もが食べて美味しい和牛”を目指し「田村牛」を誕生させた 。平 成 1 1年には兵庫県内にも牧場を設立、神戸牛の生産も手がけている。サシだけでなく、肉の旨味を追求し、但馬牛の血統を引き継ぐ和牛の雌のみを、こだわりの独自飼料で長期肥育。兵庫県産は純粋但馬牛を素牛に月齢35~45 カ月程度、兵庫県以外の牧場では但馬の血統(50%以上)を引き継ぐ素牛を主体に月齢32カ月以上まで飼い込んでいく。

一般的な配合飼料はトウモロコシが主体だが、田村畜産ではトウモ ロコシを一切使用せずに、酒造用の麦を利用しているのだ。麦を主体にすることで牛の胃袋に負担をかけず、じっくりと飼い込むことができるのだという。先代の配合をベースに在学していた京都大学にて分析を重ね、国内初となる原料100%指定の配合飼料「ヴィンテージビーフ」を開発した。防腐剤や添加剤は一切使用せず、人がそのまま食べることのできる安全で甘みのあるエサだ。

もともと美味しさの優位性の高いといわれる但馬牛だが、肥育期間の短い肉ではその能力が十分には発揮できない。但馬牛は長く飼ってこそ和牛香が深まり、味に絶対的な差が出るものだという。また、長期肥育するほど肉の脂に含まれるオレイン酸が増加し、口溶けの良い肉に仕上がる 。但馬牛のオリンピック、「第4回全国但馬牛枝肉共進会」では、田村畜産の出品牛が雌の部の名誉賞 を受賞。44カ月齢まで飼い込んだ芸術品ともいえる名誉賞牛は、珠玉の味わいとして美食家たちの舌をうならせた。

田村正道さんは「牛は飼うものではなく、 愛情と汗の積み上げで創り上げるもだ」と語る。松阪牛、神戸牛よりも美味しい牛肉を目指し、心血を注いできた。良い肉をつくるために血統が重視されるが、同じ掛け合わせが多数ある中で、求められるのは素牛選びの目利きの力。素牛の体型は枝肉の仕上がりに影響し、皮膚、被毛が良いものは脂質、キメの良い肉になる。そして、一番大切なのは惜しみない愛情で牛の世話をすること。牛は食べるか寝るかの穏やかな生き物。細やかな心遣いで接すれば牛はゆったりと休むことができる。私は牛をただの経済動物とは思いません。自分で選んだ牛はまっとうに生かしたい。

どんなに成長が遅い牛、大きくならない牛でも、エサを食べられるうちは通常の牛と同じように32カ月まで飼い続けている。夢は牛を1マス1頭の個室でゆったりと肥育すること。これこそが究極の牛づくりであろう。

生産概要

農場田村畜産
代表者田村正道
生産地鳥取県岩美郡岩美町
兵庫県美方郡新温泉町
品種黒毛和種、雌のみ
出荷月齢兵庫県産35〜45カ月、鳥取県産32カ月以上
と畜場東京食肉市場、神戸市中央卸売市場西部市場
ホームページhttp://tamura-gyu.jp/farm/

6代にわたり受け継がれた但馬牛への情熱

近江牛の中でも最高峰の味わいを追求。

岡崎正晃代表

純血但馬牛・和牛雌専門の肥育農家として6代にわたる歴史をもつ岡崎牧場。代々受け継がれてきたものは、和牛にかける情熱と味への飽くなきこだわりにある。日本三大銘の一つに称される「近江牛」の中でも最高峰の味を追究するため、兵庫県産の純血但馬牛をはじめ、岩手県から但馬の血統の濃い素牛を導入。個体差はあるものの、雌牛のみを生後36カ月齢〜40カ月を目標にじっくり長期肥育する。一般的に飼育管理が難しいとされる但馬牛だが、長年にわたるノウハウの蓄積と目利きの技が多頭肥育を可能にし、但馬系雌牛に限定した肥育牧場としては国内最大級の規模を誇る。

滋賀県 岡崎牧場

飼育環境は肉質に大きく影響することから、牛舎の設計にもこだわる。牛に適した気候、水質、近江の恵まれた自然風土の中で、見晴らしが良く、風通しの良い高台に建てられた牛舎は、いわば牛のための別荘。清々しい部屋の中は1マス2頭という広い空間が保たれ、牛たちがゆったりと休息がとれる。また、血統の近い牛を揃えて肥育することで牛同士のケンカをなくし、角を切らないままストレスなく育ててゆく。

「但馬系の牛を育てる上で大切なのは子牛のうちは薄いエサでしっかりと腹を作り、ゆっくりと濃厚飼料に移行することだ」と岡崎正晃代表はいう。但馬系は増体系の牛に比べ脂がつきやすく負担がかかりやすい性質があり、前半はカロリーを抑え健康的に育てる。そして、仕上げの段階には「もち米」を配合した独自飼料を与えるのも岡崎牧場の近江牛の大きな特徴の1つ。挽き割りした「もち米」を出荷前1年間にわたり、牛にたっぷりと食べさせることで、なめらかで舌触りが良く、香りの豊かな肉に仕上がる。また、乳酸菌を与えることで肉の照り、きめ細かさを生み出している。

「理想であるさらっとした脂、赤身にしっかりとうま味のある牛肉を追い求めても、心から満足のいく牛に仕上がることは月に1〜2頭程度。これほど難しいことはない。それでも情熱を失わず“本物の肉”をつくり続けることで、近江牛の価値を高めていきたい。」

生産概要

農場岡崎牧場
代表者岡崎正晃
生産地滋賀県蒲生郡日野町西大路2883-3
品種黒毛和種、雌のみ
飼養規模肥育専門1100頭
出荷頭数年間500頭
出荷月齢36〜40カ月
と畜場滋賀食肉センター、東京食肉市場
ホームページhttp://www.beef.co.jp

昔ながらの和牛づくり”に挑戦、炊きエサが生み出す希少銘柄「増田牛」

増田牛

群馬県高崎市で30年ほど前から肉牛肥育を行う増田畜産・増田順彦さんは、全国的にもまれな炊きエサを与えた希少銘柄『増田牛』を生産する。炊きエサとは、かつて松阪牛や近江牛などの産地でよく行われた技術。エサの保存期間が短くなるため品質管理が難しく、多頭肥育が一般的となった現在の肉牛生産ではほとんどみられなくなったが、増田さんは圧ぺんした大麦を2度蒸し上げ、仕上げの6カ月間にわたりを牛に食べさる。炊きエサを与えることで脂質は大きく変化し、透き通るように繊細で上質な脂になるのだという。

炊きエサは増田さんが「昔ながらの和牛の味」を追い求める中でたどりついた手法だ。転機が訪れたのは約15年前。まわりの和牛農家と同じようにサシを追求していたが、ある日、自社直営の焼肉店で自分の作った肉を食べてみて「脂がしつこくて量を食べられない」と思った。そんな頃、和牛専門卸の宮澤和裕さんと出会い、食べさせてもらった肉が良く仕上がった但馬系の肉だった。

「その時のカルチャーショックは忘れられない。“サシがあっても量を食べられる肉はある”ということが衝撃だった。宮澤さんとの出会いが自分の牛飼い人生を変えた」。

「自分も本物の肉がつくりたい」と、これまでの肥育方法を一切改め、和牛雌専門に切り替えることを決断した。そして、美味しい牛づくりを模索する中で聞こえてきたのが「昔の和牛の味が消えつつある」という言葉。では、昔はどんなつくり方をしていたのか。このことに真正面から取り組むことで、控え目ながらも存在感のある肉、『増田牛』をようやく誕生させた。

昔ながらの牛づくりのため、炊きエサのほかにこだわっている点は①血統と体型②愛情(手間を惜しまない)③飼料④月齢など。素牛は肉の脂質、味に高い優位性がある但馬系雌牛を選抜。秋田県や群馬県が主な導入先だ。平均出荷月齢は34〜35カ月。長期肥育することで脂の融点が低下し、赤身肉にコクがでてモモの美味しい肉になる。健康的にサシの入った牛に仕上げることが重要で、田沢湖から取り寄せた炭をエサに混ぜることで牛の腸内環境を整え、ビタミンコントロールをせずに健康に育てる。肉の獣臭も少なくなり、「増田牛は内臓肉も美味しい」と評価される所以だ。

増田さんは「肉にサシを入れる技術を競争する時代は終わった」と指摘する。「いま求められているのは、“いかに美味しい肉、脂をつくるか”に尽きる。大間のマグロよりも美味しい肉、本当においしいマグロの赤身に例えられるような味を牛肉で再現できたらと思う。アクが少なく、脂身だけで食べられるような脂質でなければ本物とはいえないのではないか。やはり長く飼った牛の美味しさには敵わない。32カ月齢の肉ではまだ脂っぽさを感じるため、34カ月未満の肉は売りたくないというのが本音。薄利多売の経営が厳しくなり、規模拡大だけで生き残れる時代ではない。コストを抑える努力は必要だが、増頭よりも内容の充実を図り、自信をもって消費者にお届けできる、自分にしかできない牛づくりを追求し続けたい。」

生産概要

農場増田畜産
代表者増田順彦
生産地群馬県高崎市箕郷町
品種黒毛和種、雌のみ
飼養規模肥育専門400頭
出荷頭数年間約200頭
出荷月齢34カ月齢以上
と畜場東京食肉市場

名匠、鈴木寿一が追求する米沢牛らしさ

和三盆のような上品な甘みと深い味わいを表現
和牛の三大銘柄の一つと称される米沢牛の先駆者・名匠鈴木寿一。

山形県 鈴木寿一さん

平成9年に全国肉用牛枝肉共励会で雌の部・最優秀賞を獲得、米沢牛の名を全国に広めるとともに、長年にわたり和牛のおいしさの研究に情熱を注ぎ“米沢牛らしさ”を追い求めてきた。何より大切にしているのが、米沢牛の生命ともいうべき肉の甘みへのこだわり。「上質な和三盆のような、口の中ですっと溶ける品格ある甘み」。そんな肉をめざして、水田稲作と連なった昔ながらの牛飼いを貫いている。

寿一さんが理想とする肉は赤身の色が脂に溶け合い、透明感があり、照り、きめ細かさのあるもの。肉のおいしさには血統が大きく関係することから、優位性の高い但馬牛の血統を引き継ぐ雌牛を導入し、32〜33カ月齢までじっくりと飼い込む。NON-GMO(非遺伝子組み換え)の大麦を主体に、米ぬか、米、シロップ、ウィスキー粕などを混ぜ合わせて蒸し上げた独自のエサを牛に与え、“練り”があり舌触りが良く、風味ある肉に仕上がるのだという。

大型農場が主流となり、飼養規模や効率化を推し進める動きが多い肉牛業界だが、寿一さんは手間ひまを惜しまず、自然の農耕サイクルに則した牛飼いに徹している。自分の田んぼの規模にあわせて少しずつ牛を増やしてきたため、牛に与える稲わらはすべて自家産のもの。農薬の使用も最低限に抑え、どんな稲わらなのか、把握したものだけを牛に食べさせている。

「米沢牛生産者として“ピンもの”をつくる責任を感じている。ブランドとは信頼の対価であり、裏切りのない品質なしには成立しない。小さな産地ではあるが、本物を求めるお客さまに、おあつらえものをつくるような気持ちで、一頭一頭、真心込めて、満足していただける米沢牛をお届けできるよう日々精進したい」

生産概要

農場リベラルファーム米沢
代表者鈴木寿一
生産地山形県米沢市
品種黒毛和種、雌のみ
飼養規模肥育専門86頭
出荷頭数年間40頭
出荷月齢32カ月
と畜場東京食肉市場、米沢食肉公社、山形県食肉公社

全国農業新聞/新型コロナウィルスの牛肉業界への影響について

新型コロナウィルスは牛肉業界にも大きな影響を及ぼしつつある。中国をはじめ外国人観光客の宿泊キャンセルが相次ぎ、インバウンド需要は減退した。主要な輸出先の香港では感染拡大防止のためにマカオのカジノ営業を一時中止し、未だに半数近い施設は営業再開できていない。

インバウンドと輸出市場に依存していた和牛価格は高級部位の受け皿を失い大幅に下落。国内でもイベント中止、外食を控える動きが広がり、期待されていたオリンピックも開催が危ぶまれる事態で不透明感がさらに強まっている。

このウィルスは弱毒性で一部の感染者を除けば軽症ですむという。しかし、連日の不安を煽るような報道、首相の一斉休校要請は買い占め騒動などの社会的混乱を引き起こした。

感染症対策の是非はさておき、政府は国民とのリスクコミュニケーションが不足しているように感じる。適切な情報開示がないために実態以上の不安が膨らみ、経済に大きな損失をもたらしているのではないか。

リスコミには根気が必要だ。パニックを恐れず情報を包み隠さず開示し、わかりやすい丁寧な説明を続けること。絡み合った糸を解くように、様々な抵抗要素を解決する努力が求められる。

畜産物のブランド確立にも同様のことが言える。一貫性があり偽りのないストーリーをいかに伝え続けるか。「生産」「流通」「販売」「消費者」の各々が商品価値を共有するためには、それぞれの立場で議論を重ね、情報共有し歩み寄るための努力が不可欠だ。

「売れないから値段が下がる」。このロジックは、じつは消費者とは関係のないところで起きている。納得して購入していた商品への対価=価値は顧客にとって変わるものではない。

新型コロナウィルスで業界は危機的な状況にあるが、こんな時にこそサプライチェーンの真価が問われる。適正価格・適正利益を保ち、再生産可能な仕組みを構築することは容易ではないが、ぶれない信念を持って辛抱強く伝え続けていきたい。